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 秋が終わり、そろそろ冬の声を聞こうかという頃、日本はようやく重い腰を上げて庭の片付けをしてしまおうと決意した。

 本格的に冷え込むようになってからでは作業も一際辛くなる。来年の為の種子を採り終わった朝顔の植木鉢を一箇所に集めると、よいしょ、と声をかけて中の土を一つ一つ空け始めた。来年の春まで土を休ませて、また新しい腐葉土を足してから種子を撒くのだ。
 種子を採る際に枯れた朝顔はすべて抜いてしまったので、あとはただ只管に植木鉢をひっくり返していくだけだ。存外力の要る地味な作業だが、これをしなくてはまた花が楽しめないのだから頑張るしかない。

 一つ、また一つと空いた植木鉢の数が増えていく。幾つ目のものかを空けたとき、側で日本のすることを見ていたぽちくんがきゅわん、と声をあげた。

「ぽちくん?どうかしましたか?」

 小さな体でとてて、と寄って来ると、彼の愛犬は今しがた空けられた土の山にしきりに興味を示す。白い毛が泥だらけになっては困るので、おりこうな相棒に待てを言い渡した日本は、代わりにそっと土の一角を崩した。

 きゅわん、ともう一度彼が鳴いたのに手を止めると、黒い土の中から何かが覗いているのに気付く。丁寧に払ってみれば、姿を見せたのは緑色の小さなビー玉だった。

 はて、と日本は首を傾げる。どうしてこんなものが、朝顔の植木鉢の中に紛れ込んでいたのだろう?ひょいと摘み上げてみたそれは、秋の低くなった日差しを受けて穏やかに透けた。

 どこかで見たことがある、と日本は思った。少し気泡が入った、ありふれたガラス玉である。記憶を探ってみたが、どうしても思い出せなかった。歳をとると物忘れが激しくなって困ります、と苦笑すると、いつの間にかぽちくんが日本の足元にちょこんとやって来ていた。視線が注がれる先は、日本の手の中の、緑のビー玉だ。

「ぽちくん、これが欲しいのですか?」

 その問い掛けにオン!と元気よく答えた愛犬に、日本は眦を下げて頭を撫ででやった。

 いいですね?これは食べてはいけませんよ?と念を押して小さな足の前に転がしてやると、ぽちくんは嬉しそうに尻尾を振って、それをコロコロと転がしながら庭のどこかへ行ってしまった。





 同じ人を想う者同士が、ひと夏の間だけひそかに共有した秘密である。

 夏が終わり、その二つのガラス玉がどこにいってしまったのか、もう本人達も知らない。

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