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「う………っわぁ……!」

 パーティーの本会場である大ホールに足を踏み入れたセーシェルは、中のあまりの豪華絢爛さに一瞬言葉を失った。昨日もかなり完成形に近いところまで準備に携わっていたセーシェルだったが、照明から花、テーブルセッティングまですべてが揃ったところを目にするとまさに圧巻と言うしかない。先程まで待機していたウェイティング・ルームの比ではない大きさのシャンデリアが、眩いばかりに天井にいくつものクリスタルの羽を広げている。創業以来二百年以上、一度も釜の火を落としたことがないと言われている、フランスが誇るクリスタルメーカーの老舗の作だ。壁や窓枠に施された金彩が、その灯りを受けて厳かにふうわりと浮き上がって見えた。かのヴェルサイユを始めとした欧州の室内装飾は、日没後に灯を点した時にこそ最も美しく見えるように計算して設計されている。セーシェルにはそういった知識は皆無だったが、照明を担当したフランスの手腕にあらためて感服した。

 また、会場の至る所には大輪の花々が可憐に、あるいは豪奢に咲き誇っていた。季節が初夏であるため、ホール内の色彩は深い青、白、そして黄金色に統一されていたが、会場の花もそれに合わせるように、薔薇やユリを中心とした雪のように真っ白な花弁を持つ品種ばかりで揃えられている。それらを縁取るようにして鮮やかな黄色のフリージアやラナンキュラス、青のヤグルマギクなどがあちらこちらに散りばめられていた。どれもが金の縁取りを施した深蒼のリボンで纏められ、花弁の一枚一枚が今にも水滴を零しそうなほど瑞々しい。
 これらすべての花を集めたら一体どれほどの量になるのだろう。セーシェルのようにアフリカやインド洋で観光産業に力を入れている島々は、観光客のウェルカム・セレモニーや国民の結婚式などでも大量に花を用いるが、それらは大体天然のものが多い。時の止まった温室で栽培された、色、形ともに完璧に作られた花ではないのだ。以前フランスが「イギリスを放っておいたら花だけで予算オーバーする」と言っていたが、あれはあながち冗談でもなかったのだ。(おまけにセーシェルは知らなかったが、これらの花の大部分はアメリカ国内のものではなく、欧州からオランダ経由で空輸させたものなのだ。生花消費大国のプライドは実に恐ろしい。)
 しかし、あれだけ多忙にも拘らずその一切を取り仕切っただけあって、イギリスのコーディネイト技量は目の肥えた国々の感嘆を引き出すのには十分だったようだ。入口付近に集まっていた背の高い男性陣が「わぁ、まるで雪の花の中に居るみたいですねぇ!外は夏なのに、ここはまるで別世界ですね!」「んだなぃ」と会話をしているのがセーシェルの耳にも聞こえてきた。

「矢車菊はスーさんのところの夏至祭でも使うんですよね。青が白い花に映えて綺麗だなぁ」

「ん」

「あっこにあるポールセンローズは俺んとこがら持って来たんだべ!なー、よかっぺー?」

「何期待してんの?別にダンが飾り付けしたわけじゃないのに」

「……あんこうざ」

 見ると、その中の一人は時々メールのやり取りをするフィンランドだった。彼以外の男性は訛りがきつくてセーシェルには何を話しているのか殆ど聞き取れなかったが、どうやら彼等にも会場の装飾は概ね好評のようだ。北欧は室内装飾には一家言ある国ばかりなので、後でイギリスさんに伝えておこう、とセーシェルもなんだか嬉しくなった。

「セーシェルちゃん、私、オーストリアさんがもう着いてるかどうか確認してきたいんだけどいいかしら?」

「あ、はい、勿論です!知ってる子も沢山来てるみたいだし、私なら大丈夫ですから」

 セーシェルの所属しているアフリカクラスの生徒達の姿も、先程からちらほらと目に入る。イギリスとフランスの策が功を奏したのか、欧米諸国以外の生徒達も大勢参加してくれているようだった。中には正式な自国の民族衣装で出席している女生徒もいて、欧州風のドレスが多い中でそんな彼女たちは一際魅力的に映った。

 人混みの中に消えていったハンガリーの後姿に手を振ったセーシェルは、さて、どうしようかと辺りを見回した。実は先程からパーティー会場の一角を占めているビュッフェコーナーが気になって仕方ないのだ。こちらもフランスがメインで担当しただけあって、見た目にも芸術的な料理の数々が溢れんばかりに並んでいる。既に沢山の生徒が取り皿を片手に、美食の極みを堪能しているようだった。
 いつもなら真っ先に料理に走るセーシェルだが、今日はそうもいかない事情がある。なにぶん着ているドレスが純白のため、ソースなどをうっかり零してしまうわけにはいかないのだ。もしダンスの前にそんなことをしたら、フランスはともかくイギリスの怒りが恐ろしい。いや、顔には出さなくともフランスだってガッカリするだろう。とにかく、このダンスを乗り切ればご褒美にアイス食べ放題が待っているのだ。全種類制覇の夢をここで水泡に帰すわけにはいかない。

 しかし、気になるものはやはり気になる。ガマンと誘惑の間でうろうろと視線を彷徨わせていると、セーシェルはあるテーブルの一角に黒髪の一団がいることに気がついた。

「もう、老師はさっきから食べてばっかりじゃないですか!少しは私の話も聞いてくださいヨ!」

「何を言うあるか、ちゃんと聞いてるある。……香港、そこの南蛮漬け取るよろし」

「……先生は人使い荒い。おまけにこれ、エスカベッシュ的な」

「名前なんかどうでもいいある。せっかく出された料理には全部箸をつけるのが礼儀ある」

「中国さん…その、召し上がるのは結構ですが、さっきから手に持っているその重箱は……」

「パーティーの起源は俺なんだぜ!南蛮漬けの起源も俺なんだぜー!」

 二人……いや、一人の女の子を囲むようにして集まっているのはアジアクラスの生徒のようだ。(一瞬、男装の麗人かと思ったのは、以前セーシェルにパンダを触らせてくれた中国だった。)よく見ると日本に、それから英領の香港も交じっている。とにかく男性陣が髪色の所為もあって全身黒づくめのため、女の子の桃色のドレスが一層引き立って見えた。シノワズリの衣装をアレンジしたドレスを着た彼女は、どうやら中国にダンスの相手を頼んでいるようだ。

「日本サンも韓国クンも香港クンも、みーんな私と踊ってくれるんですヨ。老師も私と一緒に踊ってクダサイ」

「あぁー、我はそういうのはもういいある。たまにはお前らに花持たせてやるから、しっかり踊ってくるよろし。我はここで飯食って見てるある……好吃好吃」

 どうやら食べることに真剣な中国はダンスをするつもりはないらしい。するとセーシェルの知らない男の子が「俺、いいこと思いついたんだぜ!」と得意気に話し出した。

「兄貴の分の寄付金は日本が出してやればいいんだぜ!これで全部解決なんだぜ!」

「なっ…!?どうして私が中国さんの分を出さなければならないんですかっっ。第一中国さん、貴方最近私より景気が良くていらっしゃるでしょう!?」

「そんなの国民一人あたりで計算したらまだまだお前の方が上ある。そうね……日本が我の分も出してくれるなら、踊ってやらねーこともねーある」

「こう言ってるんですけど、どうするんです的な?」

「そ…そうですね…。それで中国さんが台湾さんと踊ってくださるなら……善処します、考えておきます、また今度」

 あ、答えは全部イイエだ、とセーシェルは理解した。

 五人は暫し不毛な問答を続けていたが、先程台湾と呼ばれていた女の子がいきなり「ああ!」と声を上げてポンと両手を打った。

「そっかぁ、老師はお爺ちゃんだからもう体力的にダンスはキツイんですネ!私、今まで気付かなくてスミマセンでした!」

 すると、それまで料理に夢中で彼等の話など殆ど聞き流していた中国が、「な!?」と顔を上げる。

「台湾!聞き捨てならねーある。お前、今我のことを年寄り扱いしたあ…」

「なーんだ兄貴、そうならそうと早く言ってくださいよ!俺、兄貴は今日せっかく若づくりしてきたのに、皆に褒めてもらえないから拗ねてたんだと思ってたんだぜ」

「か、韓国、お前まで……」

「確かに中国さんは私よりもずっとお歳ですし、そういった事情なら致仕方ないですね」

「先生、マジ無理しないでください。ジャッキーも最近はアクションシーン減ってますし、やっぱ先生でも寄る年の波には勝てない的な」

「お前らぁぁ!寄ってたかって人を爺みたいな扱いすんなある!!我はまだまだナウでヤングでぴっちぴちある!!」

 ぷんぷんある!と中国はポコポコと湯気を出して抗議したが、その表現自体がそもそも古い、と周りの四人の顔には書いてあった。

「そこまで言われたら黙ってるわけにはいかねーある。中国四千年の奥義を拝ませてやるあるから、お前ら目ん玉ひん剥いてよく見るよろし!」

「わぁ!じゃあ老師も私と踊ってくれるんですネ!」

「当然ある!そうと決まったら準備運動の太極拳してくるある……香港!」

「Yes,Sir……なんすか?」

「我が席外してる間、そこの料理ちゃんと重箱に詰めとくある!」

 原材料の分かってるものにするよろし、と意味不明な指示まで出すと、中国はさっさと背を向けて会場の外へ行ってしまった。

「……四千年の奥義とダンスって、何か関係でもあるんですかね……?」

「おや、セーシェルさん」

 首を捻ってぽつりと呟いたセーシェルに、やれやれと中国を見送っていた日本が気がついた。

「こんばんは日本さん。なんか大変そうでしたね」

「いえいえ、まあ、あれは恒例行事というか、いつものことですので……」

 相変わらず何かをやんわりとヤツハシに包んだ言い方を日本はしたが、ふとセーシェルが何も食べていないのに気がついたのか「何かお取りしましょうか?」と気を利かせて聞いてくれた。

「いえ…食べたいのは山々なんですが……」

 真っ白なドレスに視線を落としたセーシェルを見て、日本も「あぁ」と頷いた。

「そのドレスだと、何か召し上がるにしても勇気がいりますね」

「うぅ…そうなんです」

 そんな会話をしている間にも、テーブルの周囲には各国の生徒が集まってフランスご自慢の料理を楽しんでいる。羨ましすぎてセーシェルはヤシの葉に包まりそうな勢いである。

 そんなセーシェルをさすがに気の毒に思ったのか、日本は「香港さん、ちょっとよろしいですか」と香港を呼んだ。

「では料理はここに取り分けて置きますから、パーティーが終わった後に召しがってください」

「え?いいんですか?」

 香港が持っているのは先程中国が預けて行った重箱である。勝手に拝借してしまって大丈夫だろうか。
 すると日本は「お重は三段もありますし、一段くらい無くても大丈夫ですよ」と口元にだけ笑みを浮かべて(明らかに目は笑っていなかった)そう言った。

「でも……」

「無問題。ノープロブレムっしょ」

 香港もそう言ってくれるので、セーシェルはありがたく二人の厚意に甘えることにした。これでご馳走を諦めないで済むと思うと、この後のダンスも頑張れる…気がする。
 食べ物につられて少しは浮上したが、うっかりダンスのことを思い出してセーシェルはまたはぁぁぁ、と溜め息を吐いてがくりと項垂れた。
 すると、それまで黙ってセーシェルを見ていた香港が「Excuse me?」と話しかけてきた。

「ねぇ、今着てるそのドレス、ひょっとしてイギリスが選んだんスか?」

「えっ?」

「デザインとかマジ欧州的。So beautiful. よく似合ってるんじゃない的な」

「えっ、え!?」

 眉ひとつ動かさずに(彼は不幸にも英領の呪いの被害者である)香港はさらりとそんなことを言ってのけたが、逆にセーシェルは彼に何を言われたのか一瞬理解できず、数秒固まった後にぼんっ、と音をたてて赤面した。隣では日本が「表情一つ変えずに女性を正面から礼賛できるとは…!さすがイギリスさんの紳士教育の賜物です。香港さん、恐ろしい子!」とよくわからない感動の仕方をしていた。
 平素フランスからセクハラめいた褒め言葉をかけられることはあるが(フランスはあれはあれで真剣なのだが)、基本的にセーシェルは男性からの賛辞には慣れてはいない。嬉しやら恥ずかしいやらで、やはりヤシの葉に包まりたい心境に駆られてしまう。ぷしゅうと湯気を出しながらもその場を取り繕うために「そ、そうだイギリスさん!」とセーシェルはあたふたと互いの宗主の名を口にした。

「イギリスさんとフランスさん見ませんでしたか?ダンスの前に一度合流しないといけないんです」

 照れ隠しのために咄嗟に出した名前ではあったが、実際のところその二人とは早々に合流しなければならない。
 セーシェルの挙げた名前に日本が「あぁ、そのお二人でしたら」とボールルームの奥を指差す。

「先程あちらの方でお見掛けしましたよ。お忙しそうでしたので今夜は私もご挨拶だけして失礼してしまいましたが」

 お二人の写真はバッチリ頂きました、と日本はどこからかデジカメを取り出してうふふ、と笑った。

「世界最小、最薄は我が国のお家芸です。こうして上着に忍ばせてもまったく違和感ナシ。これで写真も取り放題というわけです!」

 セーシェルさんも一枚是非!と熱弁を奮いだした日本に引き気味の笑いを浮かべたセーシェルだったが、どこからか「日本!そんなに撮りたいなら俺を撮らせてやるんだぜ!ポージングもビョンホン仕込みで完璧なんだぜ!」と韓国が割り込んできた隙に「じゃあ日本さん、写真は善処します考えておきますまた今度!」と言って彼等の前から逃げ出した。

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