私的bkm小説
サワさまが良いと言っていたので保存します。
博文個人で楽しむためですー
時折暖炉の薪がはぜる音がするだけで、その夜は風も無くやけに静かだった。
だが、本来くつろぐべき居間では椅子やらテーブルやらの家具は隅に片付けられ、頑丈な木の床の上では二人分の靴音がもう一時間近くも響いていた。
ダンスの稽古だった。
二人の背丈はほぼ同じだったが、リード役の少年のほうがよく見るとやや大きい。教師である青年は立場上女性のパートを引き受け、淀みないステップを踏みながら唇はテンポをカウントし、少年へ次の指示を出していた。
ねぇ、そろそろ休憩にしようよ!いい加減肩と背中がガチガチだ!
しょうがねぇなぁ、もう疲れたのか?正しい姿勢で踊ってりゃ平気なもんなんだがな。
仕方ないだろ!君みたいに慣れてないんだから。そ、それになんかこういうの緊張するよ。やたらと身体が近いしさ……。
お前そんなこと言ってるようじゃ実際に女の子と踊る時どうするんだよ。それにダンスが上手くない男はもてないぞ?
いいよ!女の子と踊る機会なんて当分ないだろうし、それにもてなくたって別に構わないよ!
お前なぁ……。まぁ、年頃になったら向こうがほっとかないか。でもな、よく聞いておけよ。
な、何…?
ダンスの出来ない男は役に立たない。―――そこが議場でも、戦場でもだ。
う、うん?
意味はまだ解らなくていい。でも覚えておけ。―――正義(ヒーロー)が役立たずじゃ困るだろ?
そ、それは困るよ!俺は世界を救うヒーローになるんだぞ!
あぁ、わかっているよ。勿論だ。
今はまだ上手に踊れないけど、でもいつかきっと上手くなるよ!―――だって俺にはちゃんと先生がいるんだからね。そうだろう?
あぁ、お前は飲み込みが早いからきっとすぐに俺よりも上手くなる。―――よし、じゃぁ休憩にしようか。
うん!
まだ蓄音機もオルゴールさえも無い時代。華やかな音楽は無かったけれど、俺には君の唇が奏でる微かなメロディーがあれば充分だった。
結局、あの時君が言っていた言葉の意味を、君の口から聞くことはなかった。
だけど随分経ってから気が付いたよ、そう、踊れない男は役に立たない。君の言ったことは真実だった。
俺がその意味を知った時、君はもう俺の側にはいなかったけれど。
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